KeikoTAKEMIYA_MangaStudies

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Report1

2020-05-01
Reportは竹宮が大学に在籍したとき、必要に応じて研究内容をまとめ、文章化したもの。そのため、繰り返しの記述もある。

機能マンガについての考察


FAST!!ポスター
2010.11
機能マンガ研究会:竹宮惠子

【「機能マンガ」(命名:竹宮)とは何か】
 まず最初に、「機能マンガ」をどう定義するかについて書いておきたい。
 「機能マンガ」は、クライアントの注文に応じて制作する、CMマンガや製品の説明マンガである実用マンガとは一線を画する。「マンガの機能」を最大限に使い、説明のための効果を上げるのは実用マンガと同じであるが、そこにクライアントの意思を強く盛り込む実用マンガとは違い、いかにニュートラルに情報を整理・伝達するかを重要視する。扱う内容は「社会問題を伝える」「研究内容を紹介する」「医療の方法を説明する」「誤解のある社会認識を修正する」など、通常では扱うことが難しく、忌避されることが多い題材である。このような題材においては偏った感情的な表現や大仰な表現を避け、純粋に「明確かつ公平に伝える」ことを目指す必要があり、描き手においては何よりも「バランス感覚」が要求される。
 「機能マンガ」は、分野・大学の融合を目指す学問野においては、既に新しくカテゴリー化する必要が出現してきており、これを機に方法論を含めた「機能マンガ」の研究を進め、それを踏襲することによって「機能マンガ」がマンガ制作の新しいジャンルとして成立していくように、明文化すべきであると考える。さらには、機能マンガを中心に制作し、将来的には社会貢献的な意味を強く持った著作者集団を教育・成長させていくことを構想に加えたいと考える。

 既知のとおり、一般のマンガは作者の演出による劇作そのものに大きな比重が置かれており、実用マンガではクライアントの意思が何よりも色濃く反映される。機能マンガでは、劇作法を用いるが、情報をいかに公平に伝えるかに比重を置き、著作者にニュートラルな視点を付加するために、さまざまな考察と情報整理が必要となる。実際に、題材が与えられてからニュートラルな視点がどのように要求され、そのためにどんな情報整理が必要になるのか(情報とは「ある」だけでは役に立たず、どう組み立てるのが目的に添っているかを考察する)を、神戸大学との「環境リスクコミュニケーション」をテーマとした共同学習から具体的に示してみたい。その中で検証されたことを次回の制作にも活かし、それを繰り返しながら方法論を確定し、新たなマンガ制作のジャンル、教育のジャンルとして確立していくことを目標にする。*資料:板橋先生記録

【アスベスト禍を社会に広く伝え環境リスクを理解するためのマンガ制作】
 これは神戸大学文学部哲学科 松田 毅教授から、マンガによる「アスベスト禍の説明」を依頼されたことに始まる。簡単に言えば、実用マンガ形式で「アスベスト禍」説明マンガを描いて欲しいというものである。通常ならば単純に仕事として受け、納期までに要求された内容を決められたページ数で制作して納めればよく、委託研究とすら言えない学問的要素のない作業となる。このような学問的領域での実用マンガに関しては、予算をつけることが難しく、殆どペイがないために作成に至らずに終わることが通常であるが、「機能マンガ研究」という領域を成立させることにより、学問領域でのマンガ表現研究にも切り込める可能性が出現した。
 そして実現したのが神戸大学・京都精華大学共同授業「倫理創成演習」である。前期15週を活用し、院生中心の演習授業として設定されたこの授業は「アスベスト禍」を情報として把握し、社会倫理創成のために何を考えるべきかを、双方の学生を交えて論議し、学習するために計画された。 既に神戸大学が持つ膨大なアスベストに関する資料をもとに、現地の被害者からの聞き取りや周辺取材とともに、心理学の専門家からPTSD(心的外傷後ストレス障害) 克服の過程についてレクチャーを受けるなど、さまざまのアプローチで「アスベスト禍」についての学習が行なわれた。
 アスベスト禍をマンガ表現によって広く世間に知らしめ、今後の社会に警鐘を鳴らすとともに、環境リスクへの考え方を啓蒙し広報伝達するための方法として検証する、これを「アスベスト・マンガプロジェクト」と呼ぶ。

 結果、共同授業を受けた後には、これまで全く「アスベスト禍」についての情報を持たなかった学生も、この社会問題をマンガで扱うについての自覚とともに、表現するにあたっての動機をはっきりと持ち、制作に当たる準備ができるようになった。また、制作サイドが情報を得ただけでは通常のマンガ制作と同じスタンスで制作に向かってしまうことが理解された(試作してみたがあまり適当な表現にならない)ため、これまで研究課程を積み上げている神戸大側(この場合のクライアント)がプロット制作にしっかりと踏み込み、クライアント側の希望を明確にすべきとの結論に達した。
 授業終了後、夏季休暇を使って会合を重ね、神戸大側は後期半ばにほぼすべての段落のプロットを揃え、精華大学にバトンタッチする形となる。
*****


 初めての機能マンガ制作事例となった、アスベスト・マンガプロジェクトは、「機能マンガとは何か」を説明する好例となった。
 こうした社会問題をマンガで表現するについては殆どが忌避される、と前段で記述したが、その大きな理由として、公平な視点を描き手側がどう持つかが非常に難しい、ということが挙げられる。大学という場で、さまざまな方向から偏りのない意見を挙げ、問題を論議するということが、公平な視点を造るためには大きく役立つ。多くの意見の集約は、重いテーマを扱う描き手の大きな自信と成り得るし、表現の選択にも意思統一があれば、決定を行ないやすい。安心して描けるのでなければ、プロであってもこうした難しいテーマには手を出さないのが通常であり、もっと開拓されるべき表現対象でありながら、これまで社会問題をうまく扱ったマンガは数える程しか存在しない。(*例:「光とともに…〜自閉症児を抱えて〜」など)
 描き手を支えるのはしっかりした取材と資料、そして哲学の裏打ちであることがこのプロジェクトによって容易に想像できるようになった。アスベスト・マンガプロジェクトにおいては特に、哲学科の学生によるプロット創成が大きな力になったと言えるだろう。哲学とは態度であり、テーマを与えられる描き手にとって、表現対象への態度を決められない場合、描く前から負け(失敗し)ているとすら言える。それを裏支えするのがクライアント側のはっきりした目的意識であり、注文を出す側が当然のこととしてそれを構築すべきであることが見えてきた。
 このアスベスト・マンガプロジェクトを踏まえ、今後の機能マンガ制作には、充分な時間をとってクライアント側の「目的と態度」を確認する過程を加えたい。はっきりと出てくる場合もあれば、アスベスト・プロジェクトのように双方曖昧なまま手探りしたり、執拗な取材が必要となる場合もあると考えられるが、機能マンガにおいて最も必要な過程であることは確認できた。
 プロット創成において「目的と態度」が必要であることは、振り返って考えると一般のマンガにも全く同じことが言えるのであるが、一般のマンガではプロット創成を行なう者と描き手とが大抵の場合一致しており、それを確認しながら行なうことは殆どない。創作者が自作の脚本構造を再度考え直すとき、この考え方は一般のマンガもしくは劇作すべてにおいて通用する、絶対的なチェック項目となり得るかもしれない。

 実用マンガにおいて、ペイが介在するゆえにあまり浮上しては来ないものの、「描き手にとって仕事以外の意味がない」「クライアント側の希望が大きすぎ、勝手に失望される」「マンガ仕事の実態を知らない注文がきつい」など、実用マンガの仕事に携わった描き手側からの不満が多いのは、クライアントへの的確な逆注文が出来ていないためであることも多い。ペイが介在するということには、即ち「クライアントに従え」という暗黙の了解が存在し、純粋に描く事以外の部分にまでその縛りが及ぶため、実用マンガというジャンルで良い結果を残している作品もまた、扱われる量に比して少なくなっている。その問題を解消するには、描き手側がクライアントに的確な反問を行ない、作品に必要な材料を求めなくてはならないのである。ペイをする側に対して恐れずそうした要求をするようになるには、実用マンガに従事する描き手が、仕事の上で新たな価値観を作っていかなくてはならない時期に来ていると思われる。
 「機能マンガ」は、大学などの学問・医療分野で今後の躍進が見込まれ、2011年度には機能マンガ研究会へは新たに「放射線防護に関する社会通念を払拭するためのマンガ」が依頼されてきている。機能マンガが実用マンガと大きく違う部分は、ペイを前提にマンガを描くというサービス(漫画家はサービス業に区分けされる)を提供するのではなく、学問的に研究し目的を追求する形で学生たちを鼓舞し、表現研究の結果という形で成果物を得、学習したことを描いた内容以上の知識として学生に残し、かつクライアントと達成感を共有できるところにある。
 「マンガの機能」とはどんな部分を指し、どのようにマンガ史の中で発達してきたのか、具体的な研究はまだ完成していないが、その機能を駆使して描くことに関しては、一般のマンガも実用マンガも、機能マンガも変わらない。駆使する目的と態度がそれぞれ違うだけである。ならば、「目的と態度」をいかにして構築するかが、機能マンガの成功不成功を握る鍵だと言える。目的と態度の構築は、それだけでも高い学問的価値がある過程であり、教育の中で機能マンガを用いることに大きな意味があることもまた、それによって自明の理となる。

Report2

2020-05-01

「機能マンガ」を開発する


©️KeikoTAKEMIYA機能マンガ
新たなマンガ活用の領域として、学びを社会に還元する方法
2015.3 竹宮惠子

 ここで言うマンガとは、ストーリーマンガ、物語マンガと呼ばれるエンターティンメント性の強いマンガ技術を指す。マンガは日本独特の文化であると言われ、MANGAということばが全世界に通用するようになったが、マンガの持つパワーや、記号性、約束事については語られても、マンガの持つ機能性がどのように機能的であるかは語られていない。そもそもマンガは、「読み解き」を想定して作り上げられるものであり、どのように「読み解き」を誘導するかが、マンガを構築する上で最も肝要なのである。どんな目的で作品を作るかによって、その方法も大きく違う。
 それを踏まえた上で、多種多様なマンガの中に含まれる「実用マンガ」と呼ばれるものについて言及してみたい。実用マンガとは、説明マンガとも呼ばれ、学習マンガなどもその範囲に入る。多くはクライアントの注文によって作られる説明や啓発・導入のためのマンガであり、作家性や独創性はあまり重要視されない。そのため新人作家が生活のために制作したり、ベテラン作家のアルバイトとして制作されたりする。大抵が仕事としてこなされるに過ぎず、そういう意味で話題になるような名作は少ない。結果だけを見ると、作家にとってあまりメリットのない仕事だと認識されるようになってもしかたがないのかもしれないが、作家性が要求されないぶん、こうした仕事には、鮮やかにわかりやすく説明できること、読み手に強く印象を残し記憶されることが求められる。その方法において技術が足りなかったり、ないがしろにされていれば、本来の目的を果たせないばかりか、作家の評判を落とし、作品の質も作るだけ無駄なものになってしまう。残念ながら、実用マンガと呼ばれるものには、いまだ作家の全力が尽くされない場合が多く、オリジナル・ストーリーマンガに比べ、ジャンル自体が評価されない状況にあると言える。
 本来、このジャンルのマンガには、先ほど述べたように、与えられた内容を、鮮やかにわかりやすく説明し、読み手に強く印象を残すという技術が要求され、それをクリアした作品は、大きなパワーを持った広報材料になり得る。しかしそれをクリアするのには、ほぼ個々の作家の技術力に頼っており、確実な編集努力によるものではなく、うまく行ってもたまたまのことであることが殆どだった。だがもし、このジャンルのマンガが、完全にコントロールされた技術と編集力で作られ、常に確実な成功を期待できるとすればどうだろうか。
 これまでにマンガ言語の研究は、充分為されているとは言えないが、マンガの言語的テクニックの基本を調査し、過去70〜80年の間に積み上げてきたマンガ表現の発達経緯を見渡してみれば、「なぜそう描いたか」を知ることが出来、倣うことによってそれが変化していく様も、追うことが出来る。どのあたりから「説明の方法」が「表現」へと変わったか、「説明の方法」を使うことが正しい場合と、「説明」より「表現」を良しとする場合の使い分けは、どんなとき何の理由で分けるのか。それを技術的に実作者が理解することができれば、また、その理解を編集の側で使うことができれば、このジャンルは明らかに飛躍的な利活用が可能になる。

 しかもそれだけではない。「説明の方法」を確実に技術として獲得することは、即ちマンガの基礎的技術を手にすることが出来るということでもあるのだ。

  1. 必要な料理の材料(情報)を揃える
  2. 対象にとって最も適当な量(ページ数)を決める
  3. 説明のためのストーリー、キャラクター、背景場面などを決定する
  4. ストーリー展開の順序、構成を考え演出や編成を決定する
  5. マンガ作成のスタッフを編成する
  6. クライアントと密に連絡しながら、クライアントの意図を活かしたネーム構成を試みる
  7. マンガの設計図とも言えるネーム(ラフデッサン&コマ割り)をたたき台にして、クライアントと密に連絡し、修正に時間をかける
  8. できるだけ多くの関係者に仮読してもらい、公正な目線でセリフや絵柄に問題がないかをを検証する
  9. 修正点をすべて修正し、本原稿の作成にかかる
  10. ペン線になった状態で再度の検証を行い、必要があれば修正をかける
  11. 本原稿完成

 以上がおおむねの作業工程となるが、よく考えてみればこれは過去、かつて少年少女雑誌にマンガが掲載され始めた頃には、編集者がこれらの過程を十分に行っていたものと想像できる。なぜならマンガは、文章の世界から見れば邪悪なメディアであり、言葉を壊し安易に絵柄で読者の興味を惹きつける、無礼千万なジャンルであったからだ。子供たちの強い要求からマンガを雑誌に載せることを計画した編集者は、文章世界からの批判を交わすために、上記のような丁寧な工程を踏んだに違いないだろう。この丁寧さは、万人のためのマンガを作る方法論であり、全くマンガのリテラシーがない読者に対してもアプローチが可能な、基本技術なのだ。これを確実に技術として獲得することは、即ちマンガの基礎的技術を手にすることに繋がるのである。

 機能マンガを学ぶことが、すなわちマンガの基礎技術を学ぶことに繋がるということをおわかりいただけただろうか?

 可能なら、このジャンルを再構築して、本来の目的を最大限に活かせるような、本当の意味で有用な仕事の場として、マンガを学んだ卒業生たちに託したい。そう考えた結果、私は、これまでの「実用マンガ」ではなく、マンガの機能を最大限に使いこなし、学術の世界や医療の現場で用いられるマンガ、「機能マンガ」を模索するようになった。機能マンガを学んだならば、自分の知識がない分野のことでも、極端に専門的な内容でも、自分から能動的に取材したり必要な素材を揃えて説明し、一般の読者に、専門的内容を易しく理解させるマンガを作れるように指導する。それには、どのような考え方と手順が必要か。まず、実際の仕事の場を授業の中に作って、そこで必要となる手順を確認しながら、授業構築をすることにした。

Report3

2020-05-01
機能マンガの創成と提案
 Creation&Proposition of Functional Manga

  • 1.「機能マンガ」(Functional Manga)とは何か

 まず最初に、「機能マンガ」をどう定義するかについて、書いておきます。
 「機能マンガ」は、クライアントの注文に応じて制作する、CMマンガや製品の説明マンガである実用マンガとは一線を画するものと考えています。「マンガの機能」を最大限に使い、説明のための効果を上げるのは実用マンガと同じですが、そこにクライアントの意思を強く盛り込む実用マンガとは違い、いかにニュートラルに情報を整理・伝達するかを重要視します。扱う内容は「社会問題を伝える」「研究内容を紹介する」「医療の方法を説明する」「誤解のある社会認識を修正する」など、通常では扱うことが難しく、忌避されることが多い題材です。このような題材においては偏った感情的な表現や大仰な表現を避け、純粋に「明確かつ公平に伝える」ことを目指す必要があり、描き手においては何よりも「バランス感覚」が要求されるのです。
 「機能マンガ」は、分野・大学の融合を目指す学問野においては、既に新しくカテゴリー化する必要が出現してきており、これを機に方法論を含めた「機能マンガ」の研究を進め、それを踏襲することによって「機能マンガ」がマンガ制作の新しいジャンルとして成立していくように、明文化すべきであると考えます。将来的には、機能マンガを中心に制作し、将来的には社会貢献的な意味を強く持った特別な技術者集団を教育・成長させていくことを構想に加えて、新ジャンル創成を試みたいと考えています。
 既知のとおり、一般のマンガは作者の演出による劇作そのものに大きな比重が置かれており、実用マンガではクライアントの意思が何よりも色濃く反映されます。機能マンガでは、同様に劇作法を用いるが、情報をいかに公平に伝えるかに比重を置き、著作者にニュートラルな視点を付加するために、さまざまな考察と情報整理が必要となります。実際に題材が与えられてからニュートラルな視点がどのように要求され、そのためにどんな情報整理が必要になるのか(情報とは「ある」だけでは役に立たず、どう組み立てるのが目的に添っているかを考察する)を、神戸大学との「環境リスクコミュニケーション」をテーマとした共同学習から具体的に示すことができれば、その中で検証されたことを他の機能マンガ制作にも活かし、それを繰り返しながら方法論を確定して、新たなマンガ制作のジャンル、教育のジャンルとして確立していくことが可能になろうかと考えられます。
 とはいえ、まだこの目的にふさわしい作品が数多くあるとは言えず、確固たる見本が存在するわけではありません。それにも関わらずこのジャンルを確立してゆこうと試みる理由は、マンガを学問の世界で用いようとする動きが、非常に多いからに他ならないが、しかしその用い方は、マンガの持つ伝達力や提案力・考察力を期待するよりも、単にマンガのアピール力を利用するものが殆どであると言えます。それらは学問世界への導入には使えるものの、極端な表現によって情報がオーバーに伝わり、返って誤解を生むことさえ起こり得ます。マンガのそうしたマイナス面をもって、マンガの能力を否定的に捉える人が多存在することもまた、否定できません。しかしマンガはまだまだ発展途上の技術であって、表現や文法も日進月歩の状況にあり、その機能的な面だけを有効に用いたいという要求があれば、応じる解答が生まれる可能性も、実は充分に有しています。
 ではどのようにすればそのマイナス面を取り除くことができ、目的に添ってプラス面を活かした社会問題のためのマンガが作れるのか。実際に、京都精華大学 機能マンガ研究会とマンガ研究科学生は、神戸大学文学部研究科の倫理創成研究が求める「リスク社会の倫理システム構築」の中で、「アスベスト問題」をマンガ化するという共同プロジェクトに着手し、2年間をかけて様々の問題点をクリアしながら、制作に挑んできました。その例を挙げながら、機能マンガというジャンル創成の必要性を導きたいと考えます。

  • 2. アスベスト・マンガプロジェクト

 【アスベスト禍を社会に広く伝え環境リスクを理解するためのマンガ制作】
 これは神戸大学文学部哲学科 松田 毅教授から、京都精華大学マンガ学科 竹宮へ、マンガによる「アスベスト禍の説明」が依頼されたことに始まります。簡単に言えば、実用マンガ形式で「アスベスト禍」説明マンガを描いて欲しいという内容で、通常ならば単純に仕事として受け、納期までに要求された内容を決められたページ数で制作して納めればよく、業務委託的で学問的要素のない作業となるはずの依頼でした。このような学問的領域での実用マンガに関しては、予算をつけることが難しく、殆どペイがないために制作を受注しないことが通常ですが、「機能マンガ研究」という領域を立ち上げる準備をしていたこともあって、学問領域でのマンガ表現研究にも切り込める可能性に期待し、受け入れが決定します。
 そして実現したのが神戸大学・京都精華大学共同授業「倫理創成演習」という授業です。前期15週を活用し、院生中心の演習授業として設定されたこの授業は「アスベスト禍」を情報として把握し、社会倫理創成のために何を考えるべきかを、双方の学生を交えて論議し、学習するために神戸大側で計画されました。このテーマに関しては、既に数年の情報蓄積がある神戸大学が持つ、膨大なアスベストに関する資料をもとに、現地の被害者からの聞き取りや現地周辺取材、心理学の専門家からPTSD(心的外傷後ストレス障害) 克服の過程についてレクチャーを受けるなど、さまざまのアプローチで「アスベスト禍」についての学習が行なわれました。
 アスベスト禍をマンガ表現によって広く世間に知らせ、今後の社会に警鐘を鳴らすとともに、環境リスクへの考え方を啓蒙し広報伝達するための方法として検証する、これを「アスベスト・マンガプロジェクト」と呼ぶことになります。

 この共同授業の結果、これまで殆ど「アスベスト禍」についての情報を持たなかった学生も、この社会問題をマンガで扱うについての自覚とともに、表現するにあたっての動機をはっきりと持ち、制作に当たる準備ができるようになりました。また、制作サイドが情報を得ただけでは通常のマンガ制作と同じスタンスで制作に向かってしまうことが理解された(試作してみたがドラマ先行で適当な表現にならない・ページ数が増えすぎる)ため、最終的な結論として、これまで研究課程を積み上げている神戸大側(クライアント)が最初に提示した段落分け(9つの節)だけではなく、プロット制作にもっとしっかりと踏み込み、クライアント側の希望を明確にすべきとの結論に達します。制作側としては資料が膨大すぎる上に拡散していて、クライアントの意思がつかめない、という意見に終始したのです。
 既に前期のみの設定だった授業は終了しましたが、夏季休暇を使って会合を重ね、神戸大側は後期半ばに、ほぼすべての段落のプロット(段落要約だけでなく、物語としての長文プロット)を揃え、精華大学にバトンタッチする形に持ち込んでくれました。そこからようやく、精華大側のネーム起こしが始まることになります。ネームとは、ラフデッサンとコマ割り・セリフが入った鉛筆書きのマンガの設計図とも言えるもので、その作業は段落ごとに9名の院生・卒業生が受け持ち、年度末いっぱいまで掛けて完成、目に見えるマンガの形として提出されます。通常プロが請け負う実用マンガであれば、そこで表現における齟齬がないかどうかを点検すれば、すぐに原稿制作に回る段階ですが、双方が素人であればなかなかそうは行かず、目に見える形になったため「こんなつもりではなかった」という齟齬が多く見えて、双方のメンバーが集った作画検討会では、多くの問題点が指摘され、その後、半年に及ぶ期間、各段落でそれぞれに内容再調整とネームの切り直しに時間が割かれることになります。2011年5月・7月・8月とその間、6月のシンポジウム発表なども含め、神戸大・精華大側ともに参加メンバーも変化し、物理的にも距離がある2つの大学間でコラボレーションが2年も維持できたのは、ひとえにメンバーの「ここまで来たら」という使命感のおかげであったかもしれません。

  • 3. 「機能マンガ」というジャンルの創成を提案する

 「アスベスト・マンガプロジェクト」の例に限らず、マンガ制作を依頼する多くのクライアントは、マンガの制作過程を知らないために情報をどう与えるべきかに悩み、描く側はと言えば膨大な資料を受け取っても、当事者ではないために情報の選別が不可能です。これが実用マンガなら、依頼するページ数と内容が文章化されて始めから決まっており、その中に収まらない複雑で過多な情報は描き手に与えないのが通常です。簡単に言い換えれば、与えたい情報をクライアント側が選別し文章化して、注文通りにまとめてもらう広報マンガ、これが実用マンガです。実用マンガで成功するには、クライアントの意志を汲み取り、できるだけその意志を強く代弁する工夫が必要で、商用マンガと呼ばれることが多いのもそのためです。しかし例に挙げた「アスベストマンガ」は、全くそうではありません。神戸というアスベスト社会問題の中心的地域にあって、研究科の学生たちが3年以上蓄積してきた「環境リスクマネジメント研究」の膨大な調査資料は、生半可に読み解けるものではありませんでした。
 単に委託制作するのであれば、プロマンガ家の立場としてはこの仕事を拒否するか、資料の取りまとめを要求します。そのまま丸投げされれば、資料の選別がされておらず、選別には専門知識が必要となるため勉強や調べ事に時間を費やし、原稿料だけではとても請け負えないからです。このことは社会問題や学究にはマンガを使う可能性が今も未来も殆どあり得ない、と言えるほどの事実を示しており、大学という場所でなければそれに挑むこともできず、マンガの技術は学問の分野では単に広報材料として用いられるに過ぎないまま、推移する他はありません。しかし「アスベスト・マンガプロジェクト」では、京都精華大学機能マンガ研究会と神戸大学倫理創成演習ゼミが協力し、この難しい課題に挑戦することを試みました。
 マンガ教育の一環として新たな授業(機能マンガを取り入れたマンガ教育)を生み出していくことも視野に入れ、可能ならば、アスベストマンガ制作によって機能マンガの方法論を見出し、今後の学外共同プロジェクトにも積極的に活かしていきたいと考え、これまでのアスベストマンガ制作の過程(神戸大側との協議、倫理創成演習授業など)を記録、必要があれば検討のための時間や制作時間を延長しながら最善の方向を探ってきました。最初のネーム(マンガ設計図のようなもの)を完成してから約1年という時間を、アスベスト禍の被害者や市民運動家から得た情報をフィードバックして、ネームを再検討するために費やし、文言の一つ一つに責任が生じることを今更ながらに確認しつつ、関わる学生・卒業生もあまり興味の湧かない課題と認識していた初期の頃に比べ、しっかりとした社会的責任を発言するようになりました。ようやく最終的なネームが固まり、下描きパイロット版を2012年3月末には完成予定です。
 下描きパイロット版とは、鉛筆による下描きのままセリフを活字化し、オンデマンド印刷して少部数のパイロット版として配ろうという試みです。配布する相手はアスベスト被害者や市民運動家、記者などで、下描き段階でさらに様々の「ダメ出し」をしてもらうために配布します。マンガは絵による情報発信が雄弁であるため、ネーム(文言)段階だけでなく、絵の段階でもしっかりしたチェックが必要です。構図一つの違いで誤解を生むこともあり得るからです。マンガの制作過程をよく知っていれば理解できることですが、ペン入れを行なった原稿を修正することは、プロでもなかなか苦労であること、下描き段階であればむしろ積極的に訂正できることを考えた上で、このようなパイロット版制作を提案しました。
 
 以上のように、機能マンガに類するものは、需要発生時には目的が営利活動になく、そのため充分な予算もない中で制作を行なわねばなりません。また教育的目標がなければ、何年にもわたるプロジェクトとしての存続が不可能です。これまでに全て目的の方向性や事情が違い、対処も柔軟でなければならない複数のプロジェクトを同時に走らせ、①機能マンガを作るにあたって守るべき条件、②作る手順と方法論、③依頼者に求めるべきこと、④必要な予算などを、それぞれのプロジェクトから抽出することが可能になったと考えています。具体的には、現在アスベストマンガ制作を最中心に置いていますが、その他にも国立循環器センターの依頼による「脳卒中キャンペーン」のためのポスターとマンガ制作、「医療放射線防護連絡協議会」からの依頼で、「妊娠と放射線」を制作中です。
 それらを見ていくと、機能マンガは、大学における研究活動と密着した形で作ることが最も適したジャンルであり、その過程は大学院などにおける高等教育に、非常にマッチする教育的制作工程であると確信します。例えば、①の「条件」では目的に合う絵柄・作劇法、時間をかけてのフィードバックに応じられる描き手を選ばねばならず、描き手の個性を熟知する教師によって依頼内容に合う描き手を選別することが必要になります。そうしたことは大学におけるマンガ教育が10年という蓄積を持っていればこそ、可能であろうと考えます。②の手順では、複数のプロジェクトが、どれも同じような経緯をたどって目的に達する過程を確認しており、一定の方法論を抽出できると考えています。③の依頼者に求めることとしては、資料選別の作業(大抵はその必要を実感していない)及び複数回のネーム検討会を必要とします。時間を費やしますが、マンガという表現法が諸刃の剣であるため、送り出す側としての責任を、依頼者側・制作側共々にここで果たさなければなりません。無論ページ数の大小にもよりますが、それぞれのプロジェクトは、この段階に半年〜1年を掛けました。企業広報の類ではなく、このように教育と時間をかけて作られた社会的な視野の発信物を、大学の立場から送り出すことには、大学という場所の可能性と、学問の社会への還元において、多大な意義があるものと信じます。この機能マンガというジャンルを大学の中の学問領域マンガとして創成し、生まれ得る他領域とのコラボレーションを数年に及ぶプロジェクトとして定着させてゆくことが出来れば、大学なればこその、学問の社会還元の流れを育てることが可能になると思われます。

  • 4. 「機能マンガ」と「実用マンガ」、そして「学習マンガ」の違い

 この論中で既にこれまでにも説明されている通り、一見似ているように見える機能マンガと実用マンガですが、注文通りに描いて評価される実用マンガと、落とし所を依頼側とともに共に考え事実上の共同制作に持ち込んでいく機能マンガとは、目的も過程における成果もまったく違います。機能マンガの中でも、実用マンガに近い依頼もあれば、アスベストマンガのように手探りの研究が可能な、教育的な実例もあるわけですから、きっぱりとした線引きが存在するとは言えません。しかし今後アスベストマンガのようなプロジェクトが増え、大学でマンガを学ぶ院生がここに到達してくれることを、「マンガ教育法」を探求する身としても望んでいます。機能マンガは、表現方法ばかりでなく社会倫理や合意形成、解答を求める探求心などにもアクセスが可能な、高等教育的要素の強いジャンルであると言えます。端的に言えば、実用マンガは商用利用、機能マンガは学問領域利用という棲み分けになる、と言えるかもしれません。
 50年ほど前、マンガが子供たちの教育の阻害になると話題になった頃、学習マンガは誕生しました。批判される中で、教育の役にも立つ、とマンガを扱う編集者サイドが作り始めたものと考えていますが、いま韓国では学習マンガ・実用マンガが非常にもてはやされていると聞いています。学習マンガはその目的から、伝える内容に重点を置き、表現の豊かさは横において、歴史や社会的出来事を呑み込みやすく図解し、概要を伝えるものです。このようなマンガを、これまでのマンガ史の中では「絵解き」の技術として普通のマンガと区別してきました。実用マンガでは広報効果からマンガのアピール力を重用するものですが、学習マンガでは強いアピール力は必要とせず、一定の淡々としたテンションの説明力を重要視します。このジャンルもまた評価されるところが違うため、実用マンガ・機能マンガとは違う能力を要します。

  • 5. 「機能」という言葉を使用する理由

 Functionalの意味は辞書によると、機能(上)の;職務(上)の ; 機能を果たせる ; 作動する ; 機能本位の;実用的な ; 便利な…となっています。機能マンガという名称については、決してベストだとは考えていませんが、現時点で英訳できる言葉の中では、これを用いるのが一番適当であるように思います。
 ……機能マンガは普通のマンガと同じように作劇法を使いながら、マンガの機能的な方面からの批判的な視点を持って、どの立場に立って読んでも公平なマンガを求める。ドラマに流れすぎず、簡潔な説明と図解に充分な気を配り、ある立場に偏らない目線で(あるいは多方向からの目線で)問題の全体を見せ、読者の判断をニュートラルに導く。物語は実は機能的な側面を持っており、理解させるための機能、記憶させるための機能、気付きを促す機能がある。「マンガは万能接着剤」(前マンガ学部長・言)と言うが、多方面の分野とマンガを用いることによって繋がることが可能。そこに機能マンガの考え方を活かせば、単なる広報性だけではない、もっと学問的な実験や教育、成果物を得ることが出来る……
 「機能マンガの考え方」は、これから文章化も必要であり、研究の進捗とともに理解されてくることや発見されてくることが増えれば、次々と加筆して、このジャンルの背骨となるような基準になっていくだろうと考えます。それはまた後日を待つとして、ここではこの名称の理由だけを述べました。

  • 6. マンガの効能と危険について

───マンガ利用に際しての注意事項・マンガは責任をとらないもの。
 マンガはこれまで、多くの人から「乱暴で汚く落書きのように剣呑で信用ならない」と言われてきました。そうではないマンガが増え、市民権を得るようになった現在でも、実ははっきりと「信用ならない理由」があります。それは何故か。マンガはそもそもの成り立ちが狂言や田楽と類を同じくする「下克上を背景に、口語体で権力や世相を風刺する庶民芸能」であり、そういうものであればこその反体制の息吹を持っています。いざというとき(権力的圧力が及んだとき)には、発信したものが無責任な遊びで、単なる悪ふざけに過ぎないという仮面を持ち出して逃げる必要が生じます。マンガを職業に選ぶ人間は、マンガと言う表現法がそうした側面を持っていることをよく理解し、そのスタンスを守って、誹りをも味方につける…そのしたたかさがあってこそ、生き延びることが可能であると知っているのです。だから、どのように真実味があろうとも、リアルに情報を伝えていようとも、それは責任を持っているということではありません。まただからこそ真実のことが描け、伝えることが出来るとも言えるのです。
 故にマンガを頭から信用してはなりません。嘘と真実が混ざって入っており、読み手側がどれを信用しどれを捨てるのかを選択するのです。それはあくまで読者のハンドリング内のことであり、送り手側は決して責任を取りません。そういう意味でマンガが「信用ならない」のは本当です。読者も作者もそこを熟知した上で、マンガの情報伝達は成立しており、世にも希有な信用契約関係だといえます。そしてそれがマンガの間口の広さとともに魅力の振幅の大きさをも作っており、この関係を消してしまえば、マンガという存在のすべての輝きが失われるかもしれないほどに、大事な特質を支えていると言えるでしょう。

 では何故、そのように信用ならないマンガを持って「機能マンガ」を成立させようとしているのか。このことについて以下に述べたいと思います。

  • 7. 社会的責任(SR: Social Responsibility)を背負うマンガ

 機能マンガは、普通のマンガが有するアピール力や大仰を廃し、芝居気を抑えて真面目な論調で話を進め、時にはグラフやデータを示して「事実」の裏打ちをしながら情報を伝達します。前項で述べたようなマンガの特質は影を潜め、出来るだけ本当らしく見えることを目指して、しかし思い入れすぎないように気をつけます。そうする理由は、機能マンガが、脚色で増幅することなく事実をニュートラルに伝えようとするものであるからに他なりません。
 社会的責任という言葉が企業にだけ用いられるものでなく、常に何にでも存在するという常識が世界を包もうとしている現在、前項で述べたようなマンガのアナーキーな特質は、どこまで認められ得るのでしょうか。「信用ならない」という誹りと引き換えに、その特質を持ち続けることがマンガの信条だとは言え、マンガの中にも社会的責任を背負えるジャンルが必要になってくるかもしれません。機能マンガはそうした必要にも正面から取り組み、どんな文言がすべての読者に納得されるのか、誤解を呼ぶ危険が存在する言い回しとはどんなセリフか、機会あるごとに検証し論議して多くの例を蓄積していき、その蓄積が示す正しい解答を求め、後陣に伝えていくべきだと考えています。

  • 8. アスベスト・マンガプロジェクトを経験して

 最後に、神戸大との2年を超えるプロジェクトに参加して、機能マンガ研究の上でも大きな収穫があったこと、強くこのジャンルを創成したいと考えるに至ったことなどを含め、この論に先立って書いた文を最後のまとめとして付け加えます。前項までと重複する内容がありますがご容赦下さい。

【機能マンガという実験】2010.4
 初めての機能マンガ制作事例となった、アスベスト・マンガプロジェクトは、「機能マンガとは何か」を説明する好例となった。
 こうした社会問題をマンガで表現するについては殆どが忌避される、と前段で記述したが、その大きな理由として、公平な視点を描き手側がどう持つかが非常に難しい、ということが挙げられる。大学という場で、さまざまな方向から偏りのない意見を挙げ、問題を論議するということが、公平な視点を造るためには大きく役立つ。多くの意見の集約は、重いテーマを扱う描き手の大きな自信と成り得るし、表現の選択にも意思統一があれば、決定を行ないやすい。安心して描けるのでなければ、プロであってもこうした難しいテーマには手を出さないのが通常であり、もっと開拓されるべき表現対象でありながら、これまで社会問題をうまく扱ったマンガは数える程しか存在しない。(*例:「はだしのゲン」「光とともに…〜自閉症児を抱えて〜」など)
 描き手を支えるのはしっかりした取材と資料、そして哲学の裏打ちであることがこのプロジェクトによって容易に想像できるようになった。アスベスト・マンガプロジェクトにおいては特に、哲学科の学生によるプロット創成が大きな力になったと言えるだろう。哲学とは態度であり、テーマを与えられる描き手にとって、表現対象への態度を決められない場合、描く前から負け(失敗し)ているとすら言える。それを裏支えするのがクライアント側のはっきりした目的意識であり、注文を出す側が当然のこととしてそれを構築すべきであることが見えてきた。
このアスベスト・マンガプロジェクトを踏まえ、今後の機能マンガ制作には、充分な時間をとってクライアント側の「目的と態度」を確認する過程を加えたい。はっきりと出てくる場合もあれば、アスベスト・プロジェクトのように双方曖昧なまま手探りしたり、執拗な取材が必要となる場合もあると考えられるが、機能マンガにおいて最も必要な過程であることは確認できた。
 プロット創成において「目的と態度」が必要であることは、振り返って考えると一般のマンガにも全く同じことが言えるのであるが、一般のマンガではプロット創成を行なう者と描き手とが大抵の場合一致しており、それを確認しながら行なうことは殆どない。創作者が自作の脚本構造を再度考え直すとき、この考え方は一般のマンガもしくは劇作すべてにおいて通用する、絶対的なチェック項目となり得るかもしれない。

 実用マンガにおいて、ペイが介在するゆえにあまり浮上しては来ないものの、「描き手にとって仕事以外の意味がない」「クライアント側の希望が大きすぎ、勝手に失望される」「マンガ仕事の実態を知らない注文がきつい」など、実用マンガの仕事に携わった描き手側からの不満が多いのは、クライアントへの的確な逆注文が出来ていないためであることも多い。ペイが介在するということには、即ち「クライアントに従え」という暗黙の了解が存在し、純粋に描く事以外の部分にまでその縛りが及ぶため、実用マンガというジャンルで良い結果を残している作品もまた、扱われる量に比して少なくなっている。その問題を解消するには、描き手側がクライアントに的確な反問を行ない、作品に必要な材料を求めなくてはならないのである。ペイをする側に対して恐れずそうした要求をするようになるには、実用マンガに従事する描き手が、仕事の上で新たな価値観を作っていかなくてはならない時期に来ていると思われる。もしくは双方の間に、マネジャーもしくはプロデューサー的な立場の人間が介在し、その部分を担うのが望ましいかもしれない。

 「機能マンガ」は、大学などの学問・医療分野で今後の躍進が見込まれ、2011年度には機能マンガ研究会へは新たに「放射線防護に関する社会通念を払拭するためのマンガ」が依頼されてきている。機能マンガが実用マンガと大きく違う部分は、ペイを前提にマンガを描くというサービス(漫画家はサービス業に区分けされる)を提供するのではなく、学問的に研究し目的を追求する形で学生たちを鼓舞・教育し、表現研究の結果という形で成果物を得、取材・学習したことを描いた内容以上の知識として学生に残し、かつクライアントと達成感を共有できるところにある。
 「マンガの機能」とはどんな部分を指し、どのようにマンガ史の中で発達してきたのか、具体的な研究はまだ完成していないが、その機能を駆使して描くことに関しては、一般のマンガも実用マンガも、機能マンガも変わらない。駆使する目的と態度がそれぞれ違うだけである。ならば、「目的と態度」をいかにして構築するかが、機能マンガの成功不成功を握る鍵だと言える。目的と態度の構築は、それだけでも高い学問的価値がある過程であり、教育の中で機能マンガを用いることに大きな意味があることもまた、それによって自明の理となる。


Report4

2020-05-01
視覚言語としてのマンガの機能的構築と
Sociability practice Manga(社会性実用マンガ)の方法論

社会性を英語に訳すとすれば、<社会性>sociability; <社会を作る習性>sociality; social nature,<人間の社会性>the social nature of Man; Man's social natureなどとなっている。
 社会性とは、集団を作って生活する人間の基本的な行動傾向を指すが、その社会において必要とされることの一つに他者との合意形成がある。この研究は社会における合意形成にマンガという視覚言語を用い、それによって効果的な結果が得られることを検証し、かつ視覚言語としてのマンガの機能的構築方法を明確にして、大学におけるマンガ言語教育を確実なものにするとともに、Sociability practice Manga(社会性実用マンガ)の分野を定着させ、商業的マンガ業界に貢献するだけではない、社会的有用性を持つマンガを、学問・研究分野から発信出来る態勢を整えたいと考えるものである。
  Sociability practice Manga(社会性実用マンガ)の名称は、京都精華大学において2000年から2016年までマンガ学部共通理論系教授を務めたJaqueline Berndt教授によるものである。

 マンガはこれまで、多くはエンターティメントの方面ばかりが注目され、経済効果だけが大きく取り上げられてきたサブカルチャーである。その発展は歴史マンガや教育マンガへとジャンルを拡げ、社史をマンガで紹介するもの、道具の使い方や医療法をマンガで説明するなどの実用マンガ(Functional Story Manga)のジャンルは、マンガの新しい用途として注目されている。その中で、研究や学問の領域においては、単なる仕事以上の注意を払いつつ、使命感を持って内容に責任を持つSociability practice Manga(社会性実用マンガ)が作れることが必要となる。その作業の中では、研究・学問領域の専門家と対等に協議し、求められる内容をマンガに置き換えるために、妥協のない努力と熱心さが不可欠である。ここでは、描き手は、マンガという道具の強い影響力や伝達力に対する畏れを正しく抱きつつ、かつそのパワーを最大限に使って、誇張にはならないが、役目のために十分に強い印象を残す作品を作らねばならない。この特別なSociability practice Manga(社会性実用マンガ)の仕事に就くには、描き手自身がSociability practice Mangaの社会的な役割を十分に理解し、必要最低限ではなく必要十分な知識と資料を自ら求め、時には専門家をも動かしてその充実を図ることが求められる。
 そのような態度を持って仕事に臨み、完了できる描き手を育成し、『機能マンガ・マスター』として輩出することを可能にするには、実際の現場を訓練の場とし、熟練をもって技の完成とする以外に方法はない。作業上のいくつかの大切な行程をルーブリック化し、採点を行なって評価していくこともひとつの方法である。『機能マンガ・マスター』は、自分一人で自立的に仕事の流れを決め、必要な資料を集め、場合によっては専門家に説明や確認を要求して、仕事の完成度を可能な限り高く設定する。完成品の納入に関しても時期を見極め、良品を納めることを旨とする。職人としての自負を持つ大工の棟梁が、自分の仕事に誇りを持ち、かつ責任を持つのと同様、『機能マンガ・マスター』にはSociability practice Manga(社会性実用マンガ)としての価値を、仕事の中にしっかりと保つことを義務づけたい。

関連情報01

国立循環器センター
脳卒中の危険性と症状に対する正しい措置を一般に広く伝えるために、マンガを用いてポスターを作り、どのくらい正確に伝えられるかを試した。そのことはTVニュースでも伝えられた。制作にあたったのは京都精華大学ストーリーマンガ卒業生。その後、脳卒中に関する小冊子も依頼され、別の卒業生が制作にあたった。

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関連情報02

京都府立医科大学付属病院

「クモ膜下出血をわかりやすく患者やその家族に説明できる冊子を」と、京都府立大学の脳外科から依頼があった。マンガ学科では外部からの初めての依頼に戸惑いつつ、京都府立医科大学付属病院に取材に通いながら「病気」を理解し、図解に挑んだ。

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関連情報03

神戸大学人文学研究科
まさに竹宮にとって「渡りに船」となった神戸大学人文学研究科倫理創成プロジェクトでのコラボレーション。マンガは決して一人だけで作るものではなく、多数の、しかもマンガを描けない人々とでも十分協働してすばらしいものが作れる事を証明した。

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